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大関角田総合法律事務所

カルロス・ゴーン氏が、保釈中にレバノンに密かに出国し、話題となっています。
メディアの報道などによると、楽器のケースに隠れ、プライベートジェット機で日本を出国したなど、スパイ映画さながらの脱出劇と噂されています。

この一連の出来事によって、わが国の刑事司法制度に対する批判や、そもそも保釈するべきではなかったとする主張など、様々な論調が展開されています。
そこで、今回のコラムでは、出国の発端となった「保釈」の制度について、法律的視点から客観的な説明をしたいと思います。

保釈が認められる時期はいつの時点か

保釈は、いつの時点から認められるのか。この点、今回のゴーン氏のように、身柄を拘束された場合の刑事事件の流れを整理すると、逮捕→被疑者勾留→起訴→被告人勾留という流れになります。
保釈制度は、このうち起訴後の被告人勾留の段階で認められる制度になります。そのため、逮捕→被疑者勾留の間は、身柄を釈放するための保釈という手段をとることはできないため、この期間は、原則として留置施設に拘束されてしまうことになります(もっとも、当該時点で(保釈の手続以外にて)身柄拘束を解放する方法等も存在します。)。

ゴーン氏も会社法違反の罪等に基づく起訴後の被告人勾留の段階で、弁護人が保釈を請求し、保釈が認められたということになります。

保釈請求権者について

保釈が認められるためには、まず、裁判所または裁判官(以下「裁判所」といいます。)に対して保釈の請求を行う必要があります。保釈の請求は、刑事訴訟法88条1項により、本人のほか、弁護人、配偶者や親族なども請求することができます。

なお、いくつかのメディア(あるいは検察幹部までも)においては、弁護人が保釈請求した以上、逃亡した責任を弁護人が負うべきとの論調がありますが、保釈請求自体、被告人や弁護人の正当な権利である以上、弁護人らの保釈請求自体が批判される謂われは何らあるものではありません。弁護人がゴーン氏の出国に加担していた、援助していたなどの論調も見受けられますが、それらの論調は少なくとも現段階では何ら根拠のない憶測にすぎないものであり、的外れな論調であると言えるでしょう。

権利保釈の概要

保釈制度を考える上で重要なことは、刑事訴訟法89条に規定されるとおり、保釈請求をすれば、原則として保釈を認める建前になっているということです(89条に基づく保釈を「権利保釈」といいます。)。メディアでは、被告人といった段階になるとその事件の犯人のように扱われがちですが、判決の確定があるまでは、あくまで無罪推定の原則により、被告人は無罪という建前になりますので、上記のような原則が規定されています。

もっとも、89条は、権利保釈が認められない場合も列挙しています。

とりわけ日本に在住していない外国人の方やホームレスの方にとって、まず保釈の壁となるのは、同条第6号の「被告人の氏名又は住居が分からないとき」という点です。「住居」については、通常のホテルステイなどの一時宿泊先は「住居」と認められることは原則としてないため、ホームレスの方や日本に定住先がない外国人にとっては、保釈請求の大きなハードルになります(なお、報道によればゴーン氏は、日本にも自宅があったようなので、この点は問題にはならなかったものと思われます。)。

次に、同条第4号の「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」も、保釈請求が認められない際に認定されることが多くなっています。認定の際には、事件への関与を否認している、共犯者が捕まっていない、被害者に容易に接近が可能であるなどの事情が考慮されます(この点、本来の保釈制度の趣旨からすると、「疑うに足りる相当な理由」は限定的であるべきなのですが、現状、相当広い程度で罪証隠滅のおそれの認定がなされてしまっているという状況にあります。)。

89条の権利保釈については、その他にも、保釈が認められない場合が各号にて列挙されていますが、当該各号に該当しない場合は、原則として保釈を認めることになります。もっとも、実務上は、裁判所が権利保釈を認めることは決して多いとは言えないことが現状です。

裁量保釈の概要

ただし、刑事訴訟法上89条に基づく権利保釈が認められない場合でも、刑事訴訟法90条に基づく裁量保釈という制度によって、保釈が認められるケースがあります。

この裁量保釈について、同条は、「裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか~」と規定され、逃亡するおそれや罪証を隠滅するおそれ等を総合的に考慮して、たとえ権利保釈における例外事由(=罪証隠滅のおそれなど)が認められるとしても、具体的事情に沿って、裁判所が職権で保釈を認める制度となっています。

今回のゴーン氏の件もそうですが、とりわけ外国人が被告人である事件の場合、裁判所が気にかけるのは、被告人が本国に出国し、逃亡してしまわないか、という点でありましょう。そこで、弁護人としては、逃亡の可能性および罪証隠滅のおそれがないことを裁判所に説明する必要があります。ゴーン氏のケースでも、パスポートを弁護人が管理し、自宅を24時間監視カメラで監視、インターネット接続ができない携帯電話の所有(通話履歴はすべて保存し裁判所に提出)、PCの使用も弁護士事務所に限定(時間指定あり、インターネットのログ記録も保存し裁判所に提出)、妻との接触も原則として禁じるなど、逃亡や罪証隠滅のおそれがないことを証明するために、ゴーン氏の弁護人は苦渋でありつつもあらゆる手段を示して、裁判所を説得したものとされています。

なお、実務上、被告人の逃亡のおそれ等がないことを裁判所に証明すべく、逃亡しない・罪証隠滅をしない旨記入された被告人の誓約書、さらには保釈中に被告人の身元を監督する旨が身元引受人によって記載された身元引受書を、裁判所に提出することが多いと言えましょう。

保釈保証金について

保釈が認められるに当たっては、保釈保証金を納付する必要があります。この保証金は、逃亡等がされないことを担保するためのものであり、逃亡や罪証隠滅等がなされた際には、裁判所によって没取される可能性があります。
そのため、保証金の金額は、被告人の生活環境などを総合的に考慮して決定される金額になります。

ゴーン氏の場合、報道によれば保釈保証金は15億円とのことですが、ゴーン氏にとって15億円では、出国を諦める材料にはならなかったものといえます。そもそも、世界的経営者であるゴーン氏にとっては、お金は、また稼げばよいという認識だったのかもしれません(もちろん、わが国の司法制度に対する主張など様々な事情が背景にあることは想像に難くないですが。)。

今回の出来事について

昨今、保釈率が上昇し、裁判所が保釈を認める傾向にありました(一般社団法人日本釈放支援協会のデータによれば、平成30年における保釈率は33.69%とのこと。)。日本の司法制度は、人質司法と揶揄されるほど身体拘束が強圧される傾向にある中、保釈率の上昇は過度な身体拘束からの脱却を図る良い兆候であったように思われます。
そして、そのような保釈率の上昇の最中、ゴーン氏が保釈されたこと自体は、日本の司法制度上、インパクトある出来事であったのと同時に、世界に対する人質司法の改善方向での良いアピールにもなっていたようにも思います。

しかし、今回の出来事により、世論が被告人を保釈すべきではないと風潮に傾くのは避けられないように思われます。そして、そういった世論を背景に、徐々に改善していた日本の保釈制度の現状を後退させ、人質司法からの脱却を遠ざけるものにしてしまうのではないかとの危惧を感じえません。事実、法務省は保釈制度への見直しへ舵を切りそうです。

逮捕=犯罪者=人権は認められない、という構図は極めて危険です。一方で、真実の追究のために、逃亡等が認められてよいわけは当然ながらありません。身体拘束は大変にデリケートな問題です。今回の出来事は、冷静な判断の上で、いかなる手段を講じれば逃亡や罪証隠滅のおそれを防ぐことが更に向上できるのか、一方で人質司法と揶揄される制度を改善することができるのか、熟慮に熟慮を重ねるべき皮肉にも良い契機となったと考えます。

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